ポツダム宣言 黙殺 鈴木 4

連合国としてではないが、米国内の通達としてトルーマン大統領からマッカーサー元帥に対し行われた通達において[48]、「われわれと日本との関係は、契約的基礎の上に立つているのではなく、無条件降伏を基礎とするものである。貴官の権限は最高であるから、貴官は、その範囲に関しては日本側からのいかなる異論をも受け付けない」趣旨の指令があり、米国大統領の対日政策の基本認識が示されている。この通達はトルーマン大統領からマッカーサー連合国最高司令官へのTOP SECRETの文章であり直接日本政府に通告されたものではないが、降伏文書(契約的性質を持つ文書)を交わしたアメリカが実質的にその契約性を否認していた証拠と解する立場もある[49][50]。, ポツダム宣言8条の規定は戦後日本の領土問題あるいは外交問題の焦点としてしばしば論じられる。, ソビエト社会主義共和国連邦(現在のロシア)については対日宣戦布告の8月8日にポツダム宣言への参加を表明しており、これは日ソ中立条約の廃止通告後の処理に違反している[51][52]。ソビエトはポツダム宣言や降伏文書に参加したもののサンフランシスコ平和条約に署名しておらず、南樺太および千島列島の領土権は未確定である。ソビエトは1945年9月3日までに歯舞諸島に至る全千島を占領し、1946年1月の連合軍最高司令官訓令SCAPIN第677号(指定島嶼部での日本政府の行政権停止訓令)直後に自国領土への編入宣言を行った。この時点での占領地の自国への併合は形式的には領土権の侵害であり、とくに北方四島については1855年の日露和親条約以来一貫した日本領土であり平和的に確定した国境線であったため、台湾や満州・朝鮮などとは異なり、カイロ宣言およびその条項を引き継ぐポツダム宣言に明白に違反しているとしている[53][54]。一方でソビエトはヤルタ会談における協定による正当なものと主張している。その後、返還を条件に個別の平和条約締結交渉が行われることになっていたが日ソ共同宣言の段階[55]で停滞しており、2019年現在も戦争状態が終了したのみで平和条約の締結は実現していない。, 中華人民共和国についてはポツダム宣言、降伏文書に参加しておらず(当時国家として存在しなかった。成立は1949年(昭和24年))、サンフランシスコ平和条約に署名もしていない。直接の領土に関する規範は日中共同声明および日中平和友好条約が基礎であり、日中共同声明において(台湾について)ポツダム宣言8項に立脚して処理することと声明し[56]、日中平和友好条約において領土保全の相互尊重を正式に締約した。また中華民国についてはポツダム宣言、降伏文書に参加しているがサンフランシスコ平和条約に参加しておらず、直接の領土に関する規定は日華平和条約(1952年8月5日発効)による。ただし1972年(昭和47年)9月29日に共同声明発出・平和友好条約締結による日中国交回復のために「終了」(事実上破棄)された。南沙諸島は1938年の領有宣言以来、日本領として台湾の一部を形成していたが、ポツダム宣言受諾による台湾の放棄が規定化されるなかで1949年フィリピンによる領有宣言、サンフランシスコ条約による日本の正式な放棄後の1973年にはベトナムの併合宣言、翌1974年の中華人民共和国の抗議声明など係争の対象となっている。, 北マリアナ諸島については1899年にドイツ領となって以降、日本の委任統治下にあったが、ポツダム宣言受託による行政権放棄にしたがい、1947年にアメリカの信託統治に変更され北マリアナ自治領を形成している。, 日本政府は「(世界征服の記述がされた)ポツダム宣言第6項は当時の連合国側の政治的意図を表明した文章であり、その詳細について政府としてお答えする立場にない」「ポツダム宣言は日本国との平和条約(サンフランシスコ平和条約)により連合国との間で戦争状態が終結されるまでの間の連合国による日本国に対する占領管理の原則を示したものであり、ポツダム宣言の効力は日本国との平和条約が効力を発生すると同時に失われた」としている[57][58]。, ポツダム宣言には、当時の日本国民がもっとも関心を持っていた天皇制がどうなるのか、ということが含まれていなかった。戦後になって、太田三郎は直接起草者のユジーン・ドゥーマンから、そうなった理由を聞き、その内容を天皇に伝えた。, 戦前、ロンドンの日本大使館の館員であった太田三郎は、同じロンドンにあったアメリカ大使館の一等書記官のドゥーマンと知り合い、日米開戦時まで親交を続けた (ドゥーマンは日本生まれで日本語に堪能であった)。終戦直前、情報局情報官であった太田は、日本で最初にポツダム宣言に接し、その文体の特徴から作ったのはドゥーマンであると直感したという。, 戦後間もない1950年に太田は運輸審議会委員として渡米した折、コネチカット州にあるドゥーマンの自宅に招かれ旧交を温めた。ドゥーマンは「ポツダム宣言の成立過程をぜひ日本人に伝えておかなければならない、今までしゃべる機会がなかったし、君は最適なのでぜひ聞いてほしい」と言って一抱えもある資料を持ち出して深夜から夜明けまで熱心に語った。ドゥーマンが語ったのは、ポツダム宣言の最初の草案を書いてグルーに渡したのは自分であること、また、そのころの国務省や世論は天皇制こそが軍国主義の元凶であるという誤った認識を持っていて、廃止論を唱える者が多く、いかに苦労して天皇制廃止論者と戦ったか、ということであった。, 太田としては初めて聞くことなので大いに興奮し、そのまま帰国して知り合いの松平式部官長にいきさつを話した。すると松平も感動して「君、その話をぜひ陛下にしてさしあげてくれないか、実は陛下も、天皇制はグルーさんがはからって残してくれたんだろう、とは思っていらっしゃるが、そんなにやってくれたとはご存じない、きっと陛下はお喜びになるし、興味をお持ちになるに違いない」と言われ、直接天皇に話すことになった。天皇は太田の話に大変興味を持ち、ときどき「そうお!」と相槌を打って聞き入った。太田は話す内容を一応原稿にして持って行ったが、途中からは原稿そっちのけで熱心に語り、予定の時間を大幅に超えた[59]。, この口語訳はWikipedia編集者によりなされたものです。利用の際はご注意ください。, Proclamation Defining Terms for Japanese Surrender, 大東亜戦争終結ノ詔書(玉音放送の原文)では「米英支蘇」となっている。尚、複数国による宣言(や協定や条約)の場合、その宣言(や協定や条約)に参加したからといって宣言中で定められる権利等の全てが宣言(協定、条約)国全てに等しく与えられるとは限らない。権利や義務は宣言中で具体的に明示された事項について具体的に明示された参加者にのみ与えられたり負わされるものである。また、宣言参加者には宣言内で定められる事項について全般的にその遵守義務が発生する, 首相交代による。チャーチルは 7 月 26 日まで。アトリーは 27 日以降(ただし前半も次席として参加)。, 有馬哲夫『歴史問題の正解』新潮新書2016年、pp.87-88, pp.99-100, 読売新聞社編『昭和史の天皇 3 本土決戦とポツダム宣言』中公文庫 p.269 2012年, 読売新聞社編『昭和史の天皇 3 本土決戦とポツダム宣言』中公文庫 pp.348 - 349 2012年, The ultimate form of government of Japan... government は無冠詞である(プログレッシブ英和中辞典(第4版), "… the authority of the Emperor and the Japanese Government to rule the state shall be, 翻訳を行った下田は"subject to"は「隷属する」の意味では有るが、これでは軍部が受け入れないので、「制限の下に置かれる」と意訳したと説明している。さらに、米国の回答には「日本国の最終的の政治形態は『ポツダム』宣言に遵い日本国民の自由に表明する意志に拠り決定されるべきものとす」となっていたところを、下田は「日本国の最終的の政治形態」の部分を「最終的の日本国の政府の形態」と訳し、天皇は無傷でその下の政府の形態が国民の意志で決められると取れるように改めた。(出典:下田武三/著 戦後日本外交の証言 上, TOP SECRETであり事前に連合国各国の同意を得たものではなく、マッカーサーがこの文書が公開されることを望んだため、公表の事前に英ソ中各国政府に知らせることを条件に大統領も同意した, 日ソ共同宣言は外交文書(条約)であり同条約の締結と批准により戦争状態は終了し両国の国交が回復、関係も正常化したが、国境確定問題は先送りされている, 「三、中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する。」, 読売新聞社編『昭和史の天皇 3 本土決戦とポツダム宣言』中公文庫 pp.299 - 312 2012年, 参議院議員和田政宗君提出ポツダム宣言とサンフランシスコ平和条約についての政府の認識に関する質問に対する答弁書, 戦時若クハ事変ニ際シ陸海軍雇員軍艦乗組傭人官用船舶ノ船員等ニシテ傷痍疾病ニ罹リ又ハ死没シタルトキ手当金ヲ給与スルノ件, 明治二十七年六月以後戦時若クハ事変ニ際シ陸海軍雇員・軍艦乗組傭人官用船舶ノ船員等傷痍疾病, 台湾ニ於テ地方税支弁ノ俸給ヲ受クル文官判任以上ノ学校職員ノ退隠料及遺族扶助料ニ関スル法律, 台湾ニ在勤スル巡査看守陸軍監獄看守陸軍警査及女監取締退隠料及遺族扶助料ニ関スル法律, 台湾ニ在勤スル巡査看守退隠料及遺族扶助料ニ関スル法律(明三五法二九)ニ依ル風土病及流行病ノ種類指定ノ件, 在外指定学校職員退隠料及遺族扶助料法ニ於ケル学校職員ノ資格及在職年数算定方等ニ関スル件, 北海道地方費ヨリ給料給与ヲ受クル吏員職員ノ退隠料退職給与金死亡給与金又ハ遺族扶助料支給規定ニ関スル件, 会計法、行政執行法、治安警察法、新聞紙条例、出版法及質屋取締法ヲ樺太ニ施行スルノ件, 朝鮮総督府、関東庁及樺太等在勤内地人タル警部補、巡査、看守、判任官ノ待遇ヲ受クル消防手及女監取締ノ退隠料及遺族扶助料ニ関スル法律, 統監府及関東都督府等在勤官吏ノ恩給及遺族扶助料ニ関スル法律(明四〇法四八)ヲ適用セサル官吏ニ関スル件, 統監府、関東都督府及樺太等在勤巡査、看守及女監取締ノ退隠料及遺族扶助料ニ関スル法律, 在外指定学校職員退隠料及遺族扶助料法並在外指定学校職員令(明三八勅二三〇)中主務大臣及領事官ノ管掌ニ属スル事項ニ関スル件, 朝鮮ニ於ケル学校職員ニシテ国庫ヨリ俸給ノ支給ヲ受ケサル文官判任以上ノ者ノ退隠料及遺族扶助料ニ関スル法律, 蕃地ニ於ケル討伐捜索及警戒ニ従事スル台湾総督府職員又ハ其ノ遺族ニ一時金ヲ給スルノ件, 朝鮮人タル宮内官ニシテ旧韓国宮内府其ノ他旧韓国政府ニ在官又ハ在職シタル者ノ恩給及遺族扶助料等ニ関スル件, 台湾ニ於テ国庫ヨリ俸給ヲ受ケサル文官判任以上ノ学校職員ノ退隠料及遺族扶助料ニ関スル法律, 陸軍部隊ノ患者ヲ海軍病院及収療設備ヲ有スル陸上海軍各部ニ海軍各部ノ患者ヲ陸軍病院ニ依託収療スルコトヲ得ルノ件, 朝鮮陸接国境地方ヲ警備スル朝鮮総督府及其ノ所属官署ノ職員又ハ其ノ遺族ニ一時金ヲ給スルノ件, 関東州境界地方ノ警備ニ従事スル関東局及其ノ所属官署ノ職員又ハ其ノ遺族ニ一時金ヲ給スルノ件, 支那ニ於ケル帝国臣氏ノ生命及財産ノ安寧ヲ保持スル為其ノ騒乱地方ニ於テ直接警備ニ関スル職務ニ従事シ其ノ服務ニ因リ死亡シタル, 満洲国及支那騒乱地方ニ於テ警備ニ従事スル領事館ノ職員及所属警察官吏又ハ其ノ遺族ニ一時金ヲ給スルノ件, 関東州及南満洲鉄道附属地ニ於テ警察官吏ニ協力援助シ因リテ死傷シタル者ニ対スル給与ニ関スル件, 南洋群島ニ於ケル傷病兵其ノ家族若ハ遺族又ハ下士官兵ノ家族若ハ遺族ノ扶助ニ関シ軍事扶助法ニ依ルノ件, 退役ノ将校若ハ准士官、第一国民兵役ニ在ル下士官又ハ元下士官ノ陸軍部隊編入ニ関スル件, 陸海軍軍人ニシテ公務ノ為航空機ニ搭乗中変故ニ因リ傷痍ヲ受ケ危篤ニ陥リタル者ノ進級及任用ニ関スル件, 衆議院議員ニシテ大東亜戦争ニ際シ召集中ナルニ因リ其ノ職ヲ失ヒタルモノノ補闕及復職ニ関スル法律, 大東亜戦争ニ際シ必死ノ特別攻撃ニ従事シタル陸軍ノ下士官兵ヨリスル将校及准士官ノ補充ニ関スル件, 大東亜戦争ニ際シ必死ノ特別攻撃ニ従事シタル海軍ノ下士官、兵等ヨリスル特務士官、准士官等ノ特殊任用ニ関スル件, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=ポツダム宣言&oldid=80098946, 我々合衆国大統領、中華民国政府主席、及び英国総理大臣は、我々の数億の国民を代表し協議の上、, 3ヶ国の軍隊は増強を受け、日本に最後の打撃を加える用意を既に整えた。この軍事力は、日本国の抵抗が止まるまで、同国に対する戦争を遂行する一切の連合国の決意により支持され且つ鼓舞される。, 我々の条件は以下の条文で示すとおりであり、これについては譲歩せず、我々がここから外れることも又ない。執行の遅れは認めない。, 第6条の新秩序が確立され、戦争能力が失われたことが確認される時までは、我々の指示する基本的目的の達成を確保するため、日本国領域内の諸地点は, 日本国国民が自由に表明した意志による平和的傾向の責任ある政府の樹立を求める。この項目並びにすでに記載した条件が達成された場合に占領軍は撤退するべきである。, 日本の主権は日本本土諸島に限定され、日本が再び戦争を起こし、それを支持することができないよう無力化する。, 日本から軍国主義の影響が排除された場合、我々は日本が生存に必要な産業を保持することを認める。やがては日本と互恵的な貿易関係を構築することを認める, 前記の目的が達成され、日本国民の多数を代表する平和的政権が成立すれば、連合軍は日本から撤退する。, 「ポツダム」宣言ノ受諾ニ伴ヒ発スル命令ニ関スル件(昭和20年9月20日勅令第542号):通称「ポツダム緊急勅令」, 「ポツダム」宣言ノ受諾ニ伴ヒ発スル命令ニ関スル件(昭二〇勅五四二)施行ニ関スル件(昭和20年9月20日勅令第543号), 昭和二十年勅令第五百四十二号「ポツダム」宣言ノ受諾ニ伴ヒ発スル命令ニ関スル件ニ基ク, 昭和二十年勅令第五百四十二号ポツダム宣言ノ受諾ニ伴ヒ発スル命令ニ関スル件ニ基ク航海ノ制限等ニ関スル件(昭和20年11月25日運輸省令第40号), 昭和二十年勅令第五百四十二号「ポツダム」宣言ノ受諾ニ伴ヒ発スル命令ニ関スル件ニ基ク政治犯人等ノ資格回復ニ関スル件(昭和20年12月29日勅令第730号), 昭和二十年勅令第五百四十二号ポツダム宣言の受諾に伴ひ発する命令に関する件に基く東亜海運株式会社の解散に関する勅令(昭和21年11月22日勅令第563号), ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く警察関係命令の措置に関する法律(昭和27年3月28日法律第13号), ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く大蔵省関係諸命令の措置に関する法律(昭和27年3月31日法律第43号), ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く農林関係諸命令の措置に関する法律(昭和27年4月7日法律第73号), ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件の廃止に関する法律(昭和27年4月11日法律第81号), ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く文部省関係諸命令の措置に関する法律(昭和27年4月12日法律第86号), ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く経済安定本部関係諸命令の措置に関する法律(昭和27年4月12日法律第88号), ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く連合国財産及びドイツ財産関係関係諸命令の措置に関する法律(昭和27年4月23日法律第95号), ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く建設省関係命令の措置に関する法律(昭和27年4月28日法律第98号), ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く厚生省関係諸命令の措置に関する法律(昭和27年4月28日法律第120号), ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く外務省関係諸命令の措置に関する法律(昭和27年4月28日法律第126号), ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く法務府関係諸命令の措置に関する法律(昭和27年5月7日法律第137号), 連合国財産の返還等に伴う損失の処理等に関する法律(昭和34年5月15日法律第165号), イーブン・A.エアーズ 「ホワイトハウス日記 1945-1950」平凡社、1993, 五百旗頭真「20世紀の日本3 占領期−首相たちの新日本」読売新聞社、1997、中公文庫、2002, 台湾ニ在勤スル官吏ノ恩給及遺族扶助料ニ関スル法律(明三三法七五)及台湾ニ在勤スル巡査看守陸軍監獄看守陸軍警査.

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